【考察】他流批判をしてはいけない
今回は他流の批判についてです。
相氣一進流の方針としては他流の批判をしてはならないことになっていますので,その説明を本記事で行います。
武術と流派
武術の根本にあるのは人間同士の争いです。
他者に勝ちたい,負けたくないという事情があるからこそ武術は長く受け継がれて来ました。
しかし,人間の戦う場面が無限に想定できてしまう以上,個々人が求める武術の在り方も変わります。
様々な需要に応えるべく武術は多様化し,流派が生まれました。
流派の誕生が必ずしも平和的であるとは限りません。
人間関係,武術,運営方針や理念などで対立が起こり流派が分かれてしまうこともあり,全ての流派が仲良くするのは困難だと言えるでしょう。
宗教戦争の歴史を見れば分かる通り,人間は自分と異なる信念を持つ人間に対し攻撃的になりやすいです。
こういった対立は他者との闘争を前提にした武術と相性が良く,武術に自ら関わろうとする人間はこの攻撃性に自身が呑まれないよう注意する必要があります。
一方で他流への対抗心は努力を促すことにもなりますから,一概に否定するのも避けるべきでしょう。
他流批判
対抗心を全て否定するべきではない,と述べました。
武術が自分への危害に対抗するものだと考えれば当然のことですが,その対抗心に頼り切るのも問題があります。
そして他流批判はその問題を悪化させてしまう恐れがあるのです。
以下では他流批判が抱える問題点を大きく2つに分けてまとめてみました。
①努力が止まる
武術に努力は欠かせません。
技の習得過程を努力によって知ることで,正しい運用を学ぶ他に引き継いできた先達への感謝も覚えられます。
努力を止めてしまうことは,武術家としての歩みを止めるに等しいことなのではないでしょうか。
努力を絶え間なく続けるには,その動機も永続して然るべきです。
他の流派といった外的要因に努力する根拠を求めているようでは,その要因が無くなってしまった時に努力が止まってしまいます。
武術家は自発的に努力出来るようになることを目指すべきです。
とはいえど好敵手の存在は効率良く努力する手助けとなりますから,全く使うなというのも合理的ではありません。
特に自発的努力の方法が十分に身について無い段階では,他流への対抗心を利用することも一つの手段でしょう。
ここで気を付けるべきなのは,対抗心が努力以外の言動つまりは他流批判をも促してしまうということです。
対抗心と敵対心は紙一重ですから,他流への負の感情は批判に変わりやすいと言えます。
しかし他流を批判して他流を貶めてしまうと,相対的に自分が優位であるかのように感じてしまうため努力する必要が無くなってしまうのです。
これでは折角の対抗心を無駄にするどころか,逆効果を生んでしまっています。
他流批判は,努力を続けるために避けた方が良い行動なのです。
②視野が狭まる
他流を批判する時,その対象は自分の流派と異なる部分となります。
批判をするということは改善の余地があると見なすことになりますが,改善の妥当性は価値観によって異なるはずです。
異なる必要性に応じてそれぞれの流派があるのですから,相手の価値観を理解せずに批判することは無意味な行為だと言えます。
そして戦う術を提供する武道が全ての情報を公開することは稀ですから,他流の価値観を外部の人が理解するのも不可能に近いです。
つまり他流批判の殆どは根拠の薄いものであり,合理性を欠きます。
では何故他流批判をしてしまうのかといえば,自分の流派と異なる部分に対して感じた疑念,つまり自分の知っているものとの矛盾を人間はストレスに感じてしまうからです。
このストレスを解消する最も簡単な手段の一つが相手を間違いだと決めつけてしまうことになります。
非合理的な批判行動もストレス解消の欲求の前では合理的になりうるのです。
とはいえ,他流の価値観を認めないことはその視野を排除することであり,自分の視野を狭めることになります。
批判ではなく分析をすれば得られたかもしれない知見が,手に入らなくなってしまうのです。
批判を止めた時,自分の流派と違う部分は普段秘匿されている他流の背景を推定できる折角のヒントとなります。
他流を知れば視野も広がりますし,より多様な状況に対応できるようになるのではないでしょうか。
批判すべきは自分自身
武道において最大の敵は自分自身です。
己に妥協を許さず,常に高みを目指そうとする者にとって他流の批判をする暇はありません。
日常の全てを自分の糧にする気概があれば,他流を批判することは自然となくなるでしょう。
また他流を批判するという未熟さを他者に見られた時,実際に貶められるのは自分の流派です。
流派を守っている仲間,守ってきた先達,そして受け継いでいく後輩のことを思えば批判という行為の危険性を十分に感じ取ることが出来ます。
批判的思考は停滞・衰退を避けるために大切ですから,その矛先をどこに向けるべきかという点に気をつけるべきでしょう。
かく言う私もこの記事を自分自身に書いているつもりです。
至らぬ点があればご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。